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東京地方裁判所 平成6年(ワ)3119号 判決 1997年10月24日

主文

一  被告は、原告に対し、二五四〇万円及びこれに対する平成四年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

主たる請求の金額を二九一〇万円とする外主文第一項と同じ。

第二  事案の概要

本件は、原告がした献金が、被告の信者らによる不法行為によると主張して、被告に対し、献金相当額(二三一〇万円)、慰謝料(三〇〇万円)及び弁護士費用(三〇〇万円)について民法七〇九条及び七一五条に基づき損害賠償を請求した事案で、本件を民事訴訟で争うことができるかどうか、献金が被告に対してされたものであるかどうか、被告信者による献金の勧誘についての違法の有無、信者の行為についての被告の責任の有無などが争点となった。

一  原告の請求の原因

1 原告の入信と献金に至る経緯

(一) 入信の経緯

(1) 原告は、平成三年一〇月二八日ころ、被告信者である鈴木ヒナから、原告宅において、原告家族の姓名の字画判断や姓名診断等をされ、より詳しい先生に相談するよう勧められ、同年一一月初旬ころ、鈴木に案内され、ライフリーディングセンターと称する施設において、「先生」と呼ばれる被告の信者から、原告の家族は男性が早死にしてしまう女系家族であり、原告が女性として何をすべきか学ぶべきであるなどと告げられ、横浜フォーラムと称する施設に通うよう勧められた。

原告は、同年一一月七日、鈴木に横浜フォーラムに連れられ、同月一四日、被告の信者から、先祖の因縁を解放し、地獄で救いを求めている甲野家(原告の夫方の家系)及び丙川家(原告方の家系)の先祖を救い、原告の夫や子供たちを救うのは原告の使命であり、原告自身がまず真理を勉強し、自分を高めることが必要であるなどと告げられ、右フォーラムに入会した。

(2) 横浜フォーラムの所長である荒井人美、並びに同所で稼働する津藤美幸、餅田奈保子、鈴木及び大場光江は、原告の入会直後、原告に対する被告の教義の伝道について協議し、原告にビデオを見せて教義を教えた後、同年一二月二五日に至ってから、荒井らが被告の信者であり、フォーラムで教えていることが被告の教義で、メシア(救世主)は文鮮明であると明かし、原告を被告に入信させるとともに、多額の献金を承諾させると計画し、右計画遂行のための役割分担を決めた。

(3) 原告は、同年一一月二三日、餅田から「霊能力の高い先生」として津藤を紹介され、同人から、原告の家系図を示されて、丙川、甲野両家が、色情因縁、殺傷因縁、財の因縁の強く、長男が早死にし、長女も結婚に恵まれず、絶家する運命にあるなどと告げられるとともに、同日、大場から求められたのに応じ、財産状況について、アンケート用紙に、土地建物を所有し、約三〇〇〇万円の預金を有することを記した。

(4) 原告は、同年一二月五、六、九、一一、一三、一八、一九日、右フォーラムにおいて、被告の教義を解説したビデオを見せられ、同月二〇日、被告の横浜教会副教会長である橋木某から、右フォーラムで教えられたことが被告の教義であり、メシアは文鮮明であると明かされ、同日から「横浜教会」と称する被告の営む教会に通い、講義を受けるよう指示され、同教会に通い始めた。

(二) 一回目の献金の勧誘

平成三年一二月二九日、被告の横浜教会の祈祷室において、津藤、餅田、鈴木らの参加により、原告の実家である丙川家の先祖解放祭が行われ、原告は、津藤により、あたかも霊界の母方の祖母が同所に来たったかのように信じさせられ、興奮状態に陥らせられた上、同教会応接室において、津藤から、「丙川家は殺傷因縁があって、脳の病で両親や祖母も亡くなった。財の因縁があって祖父や兄が癌で亡くなった。丙川家の先祖に人倫に反することをした人がいて、その因縁が今丙川家にきており、丙川家は本当は絶家になる運命だった。あなたに男の子ができたのは奇跡に近い。しかし、先祖の因縁は長男に出てくる。あなたの父や兄が背負って立つべきところを早く亡くなったので、あなたの息子に頼ってくる。このままでは、まずご主人に運会が出ます。そして、長男も危ない。兄さんが早く亡くなったのは、先祖が頼ってきているのを父母がわからなくて正しい道を歩めなかったので、犠牲になったのです。あなたは、同じ運命を息子さんに背負わせるのですか。丙川家は、色情因縁もあって、あなたも愛情運に恵まれないし、娘さんも将来幸せな結婚ができない。あなたと同じ運命を辿ることになります。色情因縁は最も罪が重いのです。霊界の地獄で先祖があなたに救いを求めています。あなたには丙川家と甲野家の先祖を救うというとても大切な使命があります。先祖の因縁をどうしたら解放できるかお祈りしてきます。」などと告げられ、一旦退席して戻った津藤から、財を清めるためと称して原告夫婦の保有財産を尋ねられ、三〇〇〇万円が夫に内密に使える額であると答えた。

津藤は、「神にあなたの気持ちをお伝えして祈って参ります。」と言って再度退席した後、原告に対し、「あなたは、氏族のメシアの立場にある者として全てを天に捧げる決意をしなければならない。あなたの気持ちとして三〇〇〇万円を出せるか。天に捧げられるか。」と迫り、原告が決心しないままでいると、祈りを捧げるといって再び一時退席した後、「お母さんがあなたに残してくれた財産は本当は天に返すために用意されたものです。あなたが財に執着していることは霊界の父、母にとって悲しいことです、二一〇〇万円を天に捧げなさい、丙川家の先祖のために神様のもとにこれをお返ししなければなりません。霊界の父、母が、あなたが天に捧げるように願っていますよ。」などと告げ、数時間にわたって被告への献金を勧め、餅田及び鈴木も「よかったわね。二一〇〇万円出せば子供さんたちが救われる。」等と言って献金を勧誘し、原告に献金の承諾をさせた。

津藤は、さらに「間をおくとサタンが時を奪っていく。」、「悪いことはすべて切り捨てて、新しく年を迎えると同時に生まれ変わろう。」などと言って、原告が翻意しないうちに献金するよう迫り、原告は、同月三一日、被告の横浜教会礼拝堂祭壇に捧げ、二一〇〇万円を被告に献金した。

(三) 一回目の献金後の経過

原告は、平成四年一月から、横浜教会の「初級トレーニング」の講義を受けていたが、同年二月中旬ころ、津藤から、夫太郎を横浜フォーラムに通わせ信者にするのが原告の宿命であり、一日も早く同人を復帰(被告に入信させること) してメシアである文鮮明師の祝福を受け、まことの家庭をつくることが、甲野、丙川両家を救い、夫や子供を救う唯一の方法であって、原告の夫は被告に入信しない限り、因縁を背負い、倒れたり病気になって長生きできないなどと告げられ、同人を入信させるよう迫られた。

(四) 二回目の献金の勧誘

原告は、同月二七日、横浜教会の応接室において、津藤から、「このままだとご主人が事故に遭ったりして災いがある。ご主人を復帰するために、条件を積みなさい。」などと言って三時間余りに亘り、一〇一〇万円を献金するよう迫られ、原告が承諾しないと、八〇〇万円は被告に貸し付け(一年以内に返還する。)、二一〇万円を献金するよう迫られ、原告も、これを承諾し、同月二八日、被告に対する献金として二一〇万円、貸金として八〇〇万円の合計一〇一〇万円を餅田に交付した。

2 被告信者らによる不法行為

被告信者である鈴木ヒナ、餅田奈保子、津藤美幸らは、前記のとおり、原告から多額の金銭を被告に対する献金として取得する目的で、原告方の訪問、被告の営むライフリーディングセンター及び横浜フォーラムへの勧誘、被告への入信及び献金までの担当を決め、役割分担をし、原告に対し、原告の家系が、因縁により、長男が早死にし、長女が結婚に恵まれず、又は夫が事故に遭う等の災いがあるなどと告げ、親族を次々に亡くし、病弱な長男をもつ原告の不安を殊更煽り、一方で、「霊界解放祭」と称する儀式を行い、霊界から先祖の霊が降りてきたかのように思いこませて高揚させ、絶家する原告の家系の運命を免れるには全てを神に捧げなければならないなどと言って原告に献金を迫り、被告に対し、合計二三一〇万円もの多額の献金をさせたもので、右献金の勧誘は目的、方法及び結果からみて社会的に相当な範囲を逸脱し、これによる献金の取得は、不法行為を構成する。

3 被告の責任

(一) 被告は、かねてから幹部らの指揮により、信者に対し、被告の教義である「万物復帰」(サタンに奪われた財産を神の側に取り返すとの考え方)の実践として、目標額を定めて、霊感商法を初めとする違法な資金獲得活動や本件のような違法な献金勧誘活動を行わせて来た。原告に対する献金の勧誘は、いずれも被告の信者で、横浜教会の婦人部の幹部である荒井、津藤、餅田、鈴木及び大場らが、共謀し、役割分担をして、右目標額を達成するため、また、「万物復帰」の教義の実践として行った被告の組織的な献金獲得活動の一環としてみるべきもので、被告は、これによって原告に生じた損害につき民法七〇九条に基づいて責任を負う。

(二) 津藤、餅田、鈴木及び大場は、右行為当時、いずれも被告の信者であり、被告が信者勧誘及び資金獲得のために設置し、被告横浜教会所属の信者らが運営に当たっていた横浜フォーラムで稼働し、その所長である荒井人美又は被告横浜地区の幹部である星野静男の指示により、信者の勧誘又は献金の獲得等の活動に従事していた者で、殊に、津藤は、他に職もなく、被告信者らと「ホーム」と称する施設において共同生活を営む「献身者」と呼ばれる者で、いずれも、被告が被告の教義の伝道又はこれと密接不可分の関係にある献金の獲得のため使用していた者である。

また、津藤らは、被告横浜教会において、原告に対し、被告の教義である「万物復帰」の教義の実践として、被告又はその教祖である文鮮明に献金するよう要求し、原告の二一〇〇万円の献金については被告の横浜教会の礼拝堂において献財式が行われた。

右事情の下では、右献金の勧誘は客観的外形的にみて被告の事業の執行について行われ、被告は、右献金勧誘行為によって原告に生じた損害につき民法七一五条に基づいて責任を負う。

4 損害 計二九一〇万円

(一) 経済的損害 二三一〇万円

原告は、被告に対し、平成三年一二月三一日二一〇〇万円、同四年二月二八日二一〇万円を献金として交付させられた。

(二) 慰謝料 三〇〇万円

原告は、津藤による右脅迫的言辞により、多大な精神的苦痛を被り、右苦痛を慰謝するには標記の額が相当である。

(三) 弁護士費用 三〇〇万円

原告は、本件訴訟の追行について原告代理人に依頼し、着手金と成功報酬を合わせて標記の額の支払を約した。

二  請求原因に対する被告の反論

1 法律上の争訟性について

宗教上の教義は、本来的に国家機関による掣肘に馴染まないものであり、右教義に係る献金も、事柄の性質上、法令を適用することによって解決すべき「法律上の争訟」に当たらない。

2 献金の勧誘の態様について

原告の献金に至る経過は次のとおりであり、津藤らは、原告に対し、原告が献金をしなければ原告の長男が原告の兄と同じように早死にし、長女が結婚に恵まれず、又は夫が事故に遭う等の災いがあるなどと告げたことはなく、また、献金を主たる目的として、原告に対する伝道の予定を立てたものでもなく、津藤らによる原告に対する献金の勧誘は、社会的相当性を逸脱するものではない。

(一) 入信の経緯

(1) 原告は、平成三年一一月一四日、横浜フォーラムに入会し、餅田に対し、夫及び長男との関係がうまくいっていないと相談し、同月二三日、餅田から家系に詳しい先生として津藤の紹介を受けた。

津藤は、家系図を示しながら、原告の夫婦親子関係の悩みは先祖の悪い因縁によるものであるが、正常な夫婦親子関係を復活させるには原告自身の犠牲の愛が必要であると話した。

(2) 津藤、荒井、餅田、鈴木及び大場は、原告の横浜フォーラム入会後間もなく、原告に対して教義を理解させるための計画について協議し、同年一二月二五日に津藤らが被告の信者であり、フォーラムで教えられたことは被告の教義で、メシアは文鮮明であることを原告に明かし、主ゼミと呼ばれる文鮮明の半生と統一運動(被告又はその教祖である文鮮明の教義又は理念に基づく営利非営利の活動)についての講義をした後、原告に献金を依頼すると予定した。

(3) 津藤は、同月一九日、原告に対し、メシアに出会い、罪を清算するためには、一番大切なお金を捧げる、すなわち献金することが必要であると告げた。

(4) 原告は、同年一二月二〇日、津藤から、右フォーラムで教えられたことが被告の教義であり、メシアは文鮮明であると明かされ、被告の講義を受けることについて夫や友人に相談して反対を受け、同月二五日、津藤及び餅田から、世間の噂で判断するのではなく原告自身の目で確かめた上でやめるか否か判断すべきであると告げられ、自己の意思で受講を継続し、同月二七日、荒井からも献金を勧められ、同月二八日、餅田に対し、「三〇〇〇万円くらいだったら献金できる。」と告げた。

(二) 一回目の献金前後の状況

津藤は、同月二九日、丙川家解放祭の後、餅田を同席させ、約一時間三〇分を要して、原告に対し、財産状態を聞き、地位や名誉や財というものに執着している限り、神の愛を取り戻せないから、執着心を捨てるために献金をすべきであると説いた上で、献金できる額を尋ね、遺産である三〇〇〇万円程度なら献金できる旨の回答を得て、具体的な献金の使い道を示し、二一〇〇万円を献金するよう求めた。

原告は、三〇〇〇万円全部を捧げる決意であり、「もし自分が献金をけちって罰が当たったらどうしよう。」などと発言するほど献金に積極的であった。

津藤は、原告が挫折しやすい性格であり、年内に新しい出発をした方がよいと考え、年内に献金するよう原告に勧め、原告は、津藤の献金の話の後、被告への入会を申し込み、一二月三一日に行われた献金式において、「これから生まれ変わって頑張ります。」と発言した。

(三) 二回目の献金前後の状況

原告は、第一回目の献金の後、信者の組織の婦人部の中の教育部に所属し、被告の信仰についての「初級トレーニング」と呼ばれる研修課程に参加し、街頭に出てアンケートをとるなど伝道活動にも従事して、夫も伝道していきたいとの意向を強くもつようになった。

津藤は、平成四年二月二七日、原告に対し、約一時間を要して、原告の夫を伝道するための信仰条件として二一〇万円の献金を求めると共に、統一運動についての説明をして、八〇〇万円の貸付を求め、原告は、すすんでこれに応じた。

原告は、第二回目の献金後も、被告の信仰についての「中級トレーニング」、「上級トレーニング」及び「実践トレーニング」と呼ばれる各研修課程に参加し、教理の勉強を深め、伝道活動に積極的に参加し、同年六月二一日には、被告信者が主催した「ナイスカップルセミナー」と呼ばれる会合に夫婦で参加し、同年七月四日、原告の紹介により夫も横浜フォーラムに入会したが、夫から脱会しなければ離婚すると言われ、同年中に被告を脱会した。

3 被告の責任について

(一) 被告又は教祖である文鮮明は、信者に対し、献金勧誘活動を指示したことも、献金の目標額を定めたこともなく、被告は、現在、収益事業を一切行っていない。

(二) 被告の教義の一つである「万物復帰」とは、本来の「神、人間、万物」という順の序列が、人間の堕落により、「神、万物、人間」という序列になってしまったのを本来の序列に戻すための条件(蕩減条件)を立てるべく、万物を神に捧げるために真心と信仰を尽くすことをいい、人間が本来の価値を取り戻して万物を主管し、愛せよという内的な精神を指すものであって、献金という行為とは直接の関わりを持つものではなく、献金の勧誘が被告の教義の実践とはいえない。

(三) 津藤、餅田、鈴木、大場、荒井らは、被告の役職員ではなく、被告から給与等の支給を受けているわけでも、人事異動等の命令を受けているものでもなく、被告の信者であるに過ぎず、被告は、津藤らに対して指揮監督関係を有していない。

津藤らは、信徒会(連絡協議会)の南東京ブロック横浜地区に所属し、信徒会は、信者が教理を広め統一運動を支援するために作った被告とは別個の独立した組織であり、被告は、信徒会に対して指揮命令関係を有してはいない。

(四) 被告が行う事業は伝道活動であり、献金はあくまで個々人が自発的に行うもので、献金の勧誘が被告の事業又はそれと密接不可分な関係にある業務とみることはできず、献金の勧誘は、前記のとおり、被告の教義の実践ともいえない。

原告に対する献金の勧誘は、被告の横浜教会内で行われたが、右は、津藤らが献金という厳かな内容を話すには神聖な場所の方が良いと考えたからにすぎず、原告に対する献金の勧誘が客観的外形的にも被告の事業の執行についてされたものとはいえない。

第三  争点に対する判断

一  本件を民事訴訟により争うことが許されるか

本件において、原告は、献金の勧誘が目的、方法及び結果から見て社会的に相当な範囲を逸脱し、不法行為に当たるとして、献金相当額、慰謝料及び弁護士費用の支払を求め、被告は、右は法律上の争訟に当たらないと主張する。

献金の勧誘が犯罪に当たり、又は不法行為を構成するかどうかについては、現行法の下では、教義の実践の名において身体、財産等の他人の法益を侵害することが許容される余地はなく、そのような法益の侵害の有無は法律上の争訟に他ならず、裁判所は、判断する権限を有し、義務を負う。被告の主張は、理由がない。

二  献金に至る経緯

1 被告の信者組織及び原告の身上

(一) 被告の信者組織は、中央本部と呼ばれる事務局を中心に、全国を「ブロック」及びさらに細分化された「地区」と呼ばれる各単位に分けられ、連絡協議会又はその中のブロック長会議と呼ばれる意思決定機関において、全国的な活動の統制が図られており、昭和五七年ころ、右会議において、被告の教義を布教、伝道するため、信者でない人達に被告の教義に関するビデオ等を見せる施設としてビデオセンターを設置すると決められ、各地にビデオセンターが設立され、被告信者同士で共同生活を営み、組織の活動や被告の教義の布教活動等に専従する「献身者」と呼ばれる被告の信者が中心になってセンターの運営に当たっていた。

横浜フォーラムもビデオセンターの一つで、被告の信者組織の横浜地区所属の信者らがその運営に当たり、同信者組織は、ライフリーディングセンターと称するいわゆる運勢鑑定を行う施設も設置してその運営に当たり、運勢鑑定に際しては、訪問者に対し、右フォーラムに通って学ぶよう指導していた。

同信者組織は、被告信者の配置及び活動場所を決め、布教活動又はこれに伴う献金の勧誘等の活動に当たらせ、月毎あるいは年毎に新規信者の獲得数や献金又は収益事業による売上金の目標額を決め、地区ごとに分担させ、献金の説得に至るまでの手順についてビデオ等による手引を作成し、未だ信者でない者及び既に信者となった者に対し、その先祖たちが愛欲、命の欲、財の欲に負け、地獄に堕ちており、その因縁を解決するには、統一運動に共感して自発的にする程度ではなく、自分の命にも関わる献金をする必要があると説くよう指導していた。

(二) 原告(昭和三三年一〇月二六日生)は、昭和六〇年一〇月、甲野太郎と婚姻し、同人との問に長男一郎と長女春子の二人の子をもうけたが、平成三年当時、長男の行動について不満を覚え、同人を叱りつけることが多く、また、同人が毎月数回小児科医に受診する状態であったこともあり、その養育問題について悩んでいた。

原告の父丙川松夫は、昭和六〇年六月一七日、脳出血により、母乙山ハナは、平成二年二月九日、脳梗塞によりそれぞれ死亡し、原告の兄丙川竹夫は、昭和五一年一一月二四日、白血病により二四歳で死亡しており、他の兄弟はなかったため、原告は、土地、建物及び三〇〇〇万円余りの預金債権等を相続した。

また、原告の母方の祖父太郎左衛門は胃癌、祖母は昭和五三年に脳軟化症によりそれぞれ死亡した。

2 原告の横浜フォーラムヘの入会と通所

(一) 被告信者で、信者組織の横浜地区の婦人部長である鈴木ヒナは、平成三年一〇月二八日ころ、原告の知人の紹介により原告宅を訪ね、原告に対し、姓名診断をし、原告(当時三三歳)がいわゆる厄年に差し掛かり、また、姓名の総字画数にも近い年齢であることから転換期を迎えるため、より家系のことに詳しい先生にみてもらった方が良いなどと告げて、ライフリーディングセンターと称する運勢鑑定所に行くよう勧めた。

(二) 原告は、同年一一月五日ころ、鈴木に伴われてライフリーディングセンターを訪れ、先生と呼ばれる被告の信者に面会し、同信者から家系について聞かれ、両親及び祖母が脳の病気で、祖父が胃癌でそれぞれ死亡したことや兄が白血病で早死にしたことなどを話し、同信者から、家系図を作成しつつ、原告の家族は絶家になる家系であり、原告自身も厄年に差し掛かり、姓名の字画からみても転換期を迎えるため、女性として何をすべきか学ぶべきであるなどと告げられ、横浜フォーラムと称する施設に通って勉強するよう勧められた。

(三) 原告は、同年一一月七日、鈴木に誘われて横浜フォーラムを訪れ、鈴木及び被告の信者で同所で稼働していた大場から同フォーラムヘの入会を勧められ、同月一四日、再び同所を訪れた際、大場から、原告自身が真理を勉強し、自分を高める必要があるなどと告げられ、右フォーラムに入会し、同日、カウンセラーとして餅田の紹介を受け、求められるまま、財産状況について、土地建物を所有し、一〇〇〇万円以上の預金を有する旨をアンケートに記入して回答し、同月一五日、二一日及び二二日にも横浜フォーラムに通い、霊界には、天界、中間界、地獄と三段階あり、ほとんどの人間は死後地獄に堕ちており、先祖の供養は一時しのぎにしかすぎず、霊界を解放することで先祖を中間界に引上げ成仏できるなどと教えられた。

(四) 被告の信者で、信者組織である横浜地区の本部長星野静男、横浜フォーラムの所長荒井、鈴木、同所で稼働していた津藤、餅田、及び大場は、同月下旬、横浜フォーラムのスタッフ会議において、原告に対する伝道についての計画を立て、原告にビデオを見せて被告の教義を教え、同年一二月二五日に初めて右の者らが被告の信者であり、右フォーラムで教えられたことは被告の教義で、メシアは文鮮明である旨告げ、あわせて原告を被告に入信させ、信者として献金を行わせると計画し、餅田が原告の世話役となり、また、「献身者」として、被告信者と共同生活をし、横浜フォーラムの運営とこれを通じての被告の教義の伝道活動に専従していた津藤がビデオ講義を補充して被告の教義を教えるほか、霊能師として家系の話や先祖の因縁の話をし、因縁解放のためといって献金を勧める役割を担うこととした。

(五) 原告は、同年一一月二三日、横浜フォーラムにおいて、餅田から霊能力の高い先生として津藤の紹介を受け、同人から、原告の家系図を示されながら、原告の両親と祖母が脳の病気で死去し、兄が血の癌である白血病で、また祖父が癌で死去したのは、原告の実家(丙川家)の家系の殺傷因縁(先祖が殺傷行為を行ったことによる因縁)、財の因縁(盗みや財産への執着などによる因縁)や色情因縁(真の愛情を欠くことによる因縁)が強いためであり、このような家系の中で原告が子供二人に恵まれたことは奇跡に近いことであるが、因縁の影響で長男が早死にして絶家する運命にあるので、家系を救うため原告が出家するような気持ちで学ばなければならず、原告がその使命を果たさない限り、子供に何がしかの影響が出るなどと告げられ、同フォーラムに通い続け、誠心誠意命がけで学び続けることが必要であると説かれた。

(六) 原告は、右津藤の説明に抵抗感を覚え、しばらく同フォーラムに通わなかったが、餅田や鈴木の誘いを受け、同年一二月五日、再び右フォーラムに通い始め、同日、同月六日及び同月九日、それぞれビデオによる講義を受け、被告の教義である創造論、堕落論を教えられ、同月一三日、被告の教義である復帰原理(神の創造された本来の人間に復帰するための摂理)の講義を受け、堕落した人間がメシアを迎え、信仰の基台を取り戻すためには蕩減条件(中心となる人物、条件物としての供物、数理的蕩減期間(四〇日間の信仰期間。被告においては、三は天の数字、四は地の数字であり、これらの数字とこれらを加算、乗算等した一二、二一と四〇が原理数とされている。)の三つの条件)を立てることが必要であると教えられ、さらに、同月一八日、「救いの法則と女性の使命」と題するビデオ講義の際には、原告が中心となって供物として万物を捧げなければならないと教えられ、同月一九日には、津藤から、罪の清算にはメシアに会うことが必要であり、メシアに会うには蕩減条件として信仰基台及び実体基台という二つの条件を立てることが必要で、信仰基台としては、神に一番大切なもの、すなわちお金を捧げなければならないなどと告げられた。

(七) 原告は、同月中旬、津藤に対し、生い立ちや生活環境を聞かれ(個人路程と呼ばれる課程)、父親が兄の死をあまりに嘆くため、父親に対して自分があの世へ行って代わろうかと告げたことや、両親が共働きで、祖母が母代わりになって原告の世話をしたため、親族で最も情がわくのは祖母であることなどを話し、同月一五日、津藤に伴われ、原告の祖母の命日に丙川家の墓参りをした。

餅田は、同じころ、原告の育児について相談にのったり、原告の子供を病院に連れて行くなど面倒を見たりしていた。

3 献金の勧誘と第一回献金

(一) 原告は、同月二〇日、津藤から、横浜フォーラムで教えられたことは被告の教義であり、メシアは文鮮明であると告げられ、同日、同月二四日に被告横浜教会の橋本副教会長から被告の教祖である文鮮明の軌跡について講義を受けると予定したが、知人から霊感商法や合同結婚式の話をされ、被告には関わらない方がよいとの忠告を受け、また、同月二四日は、体調を崩していたこともあり、右講義を受けられず、同月二五日、津藤と餅田の訪問を受け、同人らに横浜フォーラムをやめたいと告げたが、同人らから、学ぶのをやめて元の充実感のない生活に戻ってよいのか、子供に原告の兄と同じ運命を背負わせてよいのか、噂に惑わされず最後までやってみて真実を見極めるべきではないかなどと言われ、同月二六日、橋本による講義を受け、同月二七日には荒井から同人の被告への入信及び献金の体験談を聞き、さらに、原告の兄竹夫と長男一郎の誕生日が共に九月二九日であり、祖父の命日が二九日であったため、津藤の提案により、被告横浜教会において一二月二九日に丙川家の先祖の解放祭の実施を予定した。

原告は、同月二八日、大掃除の手伝いに訪れた餅田から、翌日丙川家の先祖の解放祭後、献金の話がされると伝えられ、同人に対し、母親が残した遺産として現在居住している土地建物と預金三〇〇〇万円余りを有しており、夫と喧嘩する際、いつ出て行っても困らないという気持ちになるため、夫と一つになれなかったかもしれないなどと告げ、餅田は、津藤に対し、原告が母親の遺産として三〇〇〇万円余りの預金を有していることを伝えた。

(二) 津藤は、同月二九日、被告横浜教会の祈祷室において、原告を招き、餅田及び鈴木外被告の信者数名の立会いを得て「丙川家先祖解放祭」と称する儀式を行った。鈴木は、右解放式に先立ち、原告に対し、原告の母親が夢に出てきて、今後も原告を支えるよう告げられ、朝方丙川家の墓に寄り、原告の母親に一緒に解放式に行こうと告げてきたと言い、津藤は、原告に対し、解放祭によって原告の長男がいい人生を歩めるよう、先祖の良い守りがあるよう祈願すると告げて、儀式を始め、原告に両親に宛てて書かせた手紙を読ませ、文部省唱歌 「ふるさと」などの歌を歌わせつつ、霊界の原告の先祖に語りかけるように約一時間祈祷を行い、原告は、右の間、先祖が式の場に降りているように感じ、気分が高揚し、涙を流していた。

(三) 津藤は、右解放祭の際、右祈祷室に隣接する応接室において、原告に対し、罪は四つの非ずと書き、原罪(人間の始祖の犯した罪で、生来負うべき罪)、自犯罪 (自ら犯した罪)、遺伝罪(先祖の犯した罪)、連帯罪(直接の先祖以外の他の者の犯した罪であるが、その罪を負うべきもの)の四つがあるが、原罪はメシアによってしか清算できず、あと三つを払拭するには出家する必要があり、罪が清算されない限り、先祖は霊界の低いところから抜け出せず、先祖が苦しんでいると因縁によって現世の人間にも不幸が起こると話し、原告の家系図を示しながら、丙川家には殺傷因縁があるために原告の両親や祖母が脳の病で亡くなり、財の因縁があるために原告の祖父や兄が癌で亡くなったのであり、同家には最も罪の重い色情の因縁もあるため、本来絶家になる運命で、先祖の因縁が長男に現れ、このままでは、長男が原告の兄と同じく早死にする運命にあると告げ、原告は先祖の因縁を解放するとの使命を果たすべく、本来出家しなければならないが、子供があって身も心も献身するということはできないであろうから、精一杯献金しなければならないと説き、原告の財産を清めるためであるといって原告の財産状況を尋ね、所有不動産や加入している保険の額、預金の額及び預金先等を聞き出し、神に原告の気持ちを伝えるため、祈ってくると言って一時退席した。

原告は、餅田と、「三〇〇〇万円くらいは出さなきゃいけないかな。」などと話していたが、応接室に戻った津藤から、神から提示された額であると言って紙に「二一〇〇」と書いて示され、三〇〇〇万円の預金は本来天に返すために用意されたものであり、亡くなった先祖の残したものは、亡くなった先祖のために使用すべきものであって、全部献金した方が良いが、今はそこまでできないであろうから、三分の一を先祖のため、三分の一を世界のため、三分の一は本人と家族のために使えば良く、二一は完成数を表し、新しく出発することを意味するので、二一〇〇万円を神に捧げるようにと告げられた。

原告は、餅田から、神が原告と先祖を受け入れてくれてよかったなどと言われたり、献金して大丈夫かと尋ねられたりし、二一〇〇万円を献金する意思を表明し、献金額を三〇〇〇万円でなく、二一〇〇万円にしたことについて、「罰が当たったりしないかしら。」などと述べた。

津藤は、原告に対し、悪いことは切り捨てて新しい年を迎えると同時に生まれ変わろうなどと言って、年内に献金するよう勧めた。

(四) 原告は、右同日、被告(横浜教会)に入会し、同月三一日、鈴木及び餅田並びに餅田の夫に同行され、三和銀行横浜白楽支店に赴き、定期預金を解約するなどして二一〇〇万円を引き出し、被告の横浜教会において、津藤、餅田、鈴木らの立会いを得て、献金式を行い、二一〇〇万円を信者組織の横浜地区の会計担当である村田みち子に手渡した。

4 第二回献金

(一) 原告は、平成四年一月九日、一〇日、一一日、一六日、一七日、二一日、二二日、二三日、二四日、二七日、二九日及び三〇日、被告横浜教会に通い、被告の教義の「初級トレーニング」と呼ばれる講義を受け、被告の教義である創造原理、堕落論、復帰原理などを学び、同年二月四日から七日まで及び同月一〇日に予定されていた各講義を体調不良のため欠席したが、同月一二日から一四日まで同教会に通い、同月一五日、原告方で原告の母親の三回忌の法要が行われた際、鈴木と餅田に料理などを手伝ってもらった。

(二) 津藤は、同日ころ、原告に対し、丙川家と甲野家の両家の先祖を救い、家庭を守ることは原告一人でできることではなく、夫を被告に入信させ、メシアである文鮮明の祝福を受けて、真の家庭をつくらなければ、原告の家族は救済されず、夫に因縁が及んで病気になるなどして長生きできない等と告げ、その後、原告が同月一八日から二一日にかけて予定されていた講義に出席しなかったため、同月二三日、同教会において、原告の母親の霊界解放祭を開催し、同月二七日、原告に対し、夫を説得して被告の信者にしない限り、夫が事故に遭うなどの災いが降りかかるなどと言い、夫を被告に伝道するための信仰条件として二一〇万円を献金し、統一運動のために八〇〇万円を被告に貸し付けるよう求めた。

(三) 原告は、同月二八日、餅田に付き添われ、三和銀行横浜白楽支店で五〇七万六三四八円、東京銀行横浜支店で三五八万三六五九円、神大寺郵便局で二〇一万四三六二円を引き出し、うち一〇一〇万円を餅田に渡し、被告横浜教会において祈りが捧げられた後、右金員は、被告信者である向山某を経て村田に渡された。

5 被告の主張について

被告は、津藤は神の愛を取り戻すため、財に対する執着心を捨て、献金をすべきであるとの話を原告にしただけで、原告の家系が因縁により、長男が早死にし、夫が事故に遭う等の災いがあるなどと告げたことはなく、二一〇〇万円の額を提示される以前から、原告は三〇〇〇万円の献金をすることを決意していたと主張する。

しかしながら、津藤が、原告に対し、家系図を示しながら、原告の実家である丙川家の因縁話をし、長子が立たず、愛の恨みのある家系であり、丙川家には因縁があってこのままでは絶家する家系で、先祖はその罪が清算されない限り、霊界の低いところから抜け出せず、先祖が苦しんでいると現世の人間にも不幸が起こると告げ、丙川家の解放祭により原告の長男が良い人生を歩めるよう祈願したことは、《証拠略》により認められるところであり、これと原告自身の供述とを併せ考察すると、前記認定のとおり、原告は、津藤から、献金することによって罪を払拭しなければ、先祖が霊界において苦しみ、その因縁により長男が早死にする運命にある旨告げられたと認めるべきで、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  原告は、被告に対して献金したか。

1 前記認定によれば、津藤は、原告に対して被告又はその教祖への献金を勧め、これにより、早死にを運命づけられていた原告の長男を救い、原告の心の平安が得られるものと示唆し、原告も、原告を救済する力を有する被告又は教祖とされる者に対して献金する意思の下に前記認定の多額の献金をした。特に、原告の第一回の献金は、被告の横浜教会において儀式を執り行った上でされており、原告はもとより、勧誘した誰もが、献金が被告又は崇拝されている教祖に対するものとしてされたと信じていたと認められる。右認定の事情の下では、原告は被告に対して献金したと認めることができる。

2 被告は、原告は被告の信者から成る信徒会に対して献金したのであり、被告に対してではないかのように主張する。しかしながら、宗教上の理由により寄付する者は、自ら帰依しようとする宗教団体又はその教祖を信じ、当該団体又は教祖が有すると誇示する力を頼み、それから御利益を得、又はそれによって降りかかると告知された災難から逃れる意図の下に寄付するのであって、自己に利益をもたらすか、又は降りかかる災難を防ぐについて力を有するかどうか判然としない信徒の団体に対して寄付することは、敢えて信徒の団体に献金することが明示される場合は格別、通常はないと考えて良い。

原告が被告に対してではなく、信徒会に対して献金したとの被告の主張は、信者が献金する場合に有する通常の意思を意図的に否定しようとするものか、そうでなければ、何人をも納得させない詭弁というべきである。

四  原告に対する献金の勧誘の評価

1 特定の宗教を信じる者が、当該宗教を広めるため、他人を説得し、その過程において、人類一般に生じうる過酷な運命の到来を警告し、それを克服するため、当該宗教の教義が信じるに足りる所以を説明すること、教祖又は宗教上の指導者が過酷な運命から人類を救う超能力を備えることなどを説明すること、更には、当該宗教活動を維持するために献金を求めることは、その方法が市民法の許容するものである限り、法律上の責任を生じることはない。永年にわたって確立された宗教に例を取って見ても、その定着及び拡大の過程において、帰依することによって心の平安が得られることを説くのみにとどまらず、人類の滅亡の危機が迫っており、当該宗教に帰依することによって救われると説くもの、更には、指導者が人智を超えた能力を備えていることを説くものがあったことは、歴史上明らかなところである。得られる心の平安が主観的なもので、他人の理解を超えるものである場合や、保有すると標榜される指導者の超能力が、病気を癒す等の人類に幸いをもたらしたり、精神的安心や心の安らぎをもたらしたりするものである場合はもとより、およそ人類の利益や幸福にはかかわりがなく、そもそもそれを備えていると信じることが確立した科学的知見に照らして荒唐無稽であるようなものである場合であっても、当該宗教に帰依する者が、それを信じ、それをもよりどころに宗教的結束を維持し、信者を拡大するためなどの活動をすることも、民主国家においては、何人からも、容喙を受けることはない。

しかしながら、宗教的結束を維持し、拡大するための行動であっても、現行法の秩序を踏み超えることはできず、刑事法上是認されないものは、宗教的活動であることの故に犯罪性を否定されず、同様に、民事法上是認されないものは、不法行為等民事上の責任を免れるものでもない。献金が、人を不安に陥れ、畏怖させて献金させるなど、献金者の意思を無視するか、又は自由な意思に基づくとはいえないような態様でされる場合、不法に金銭を奪うものと言ってよく、このような態様による献金名下の金銭の移動は、宗教団体によるものではあっても、もはや献金と呼べるものではなく、金銭を強取又は喝取されたものと同視することができ、献金者は、不法行為を理由に献金相当額の金銭の支払を請求することができると解すべきである。

2 本件についてこれをみるに、前記認定事実によれば、津藤らは、被告の教義の伝道の過程において原告に献金を求めたと認められ、このような献金の勧誘の目的自体には違法とすべき点はないものの、同時に、被告の信者組織の横浜地区における献金目標を達成することを意図し、予め周到に原告の資産や、原告の家系について聞き出し、肉親を次々に亡くし、長男との関係に悩みをもつ原告の心情的な弱点を把握した上で、餅田において、原告の相談に乗るなどして信頼関係を築き、霊能力の高い者として津藤を原告に引き合わせ、横浜フォーラムにおいて、津藤から、原告に対し、原告の祖父母、両親、実兄の死亡の原因が先祖の因縁によるもので、その害悪が子供の早死や絶家をもたらす運命にあり、これを救うためには献金しなければならないと説き、原告が知人から助言を得て被告から遠ざかると、津藤らは、被告の真実を見極めるよう原告を説得して横浜フォーラムに通わせ、平成三年一二月二九日、原告の実家の丙川家の先祖解放祭を行い、幼少時に覚えた歌を共に歌うなどして気分を高揚させた上で二一〇〇万円の献金を原告に承諾させ、同月三一日、預金を引き出させて右同額を献金させ、更に、同四年二月二八日、二一〇万円を同様に献金させ、八〇〇万円を被告に貸し付けさせた。

原告の献金に至るまでの津藤らの行動は、肉親を多く失った原因が先祖の罪にあり、それが長男にも及ぶかのように説いて原告を畏怖させて精神的に落ち込ませ、絶家する原告の家系の運命を免れるためにはすべてを神に捧げることを要すると原告に思いこませ、一方では、先祖解放祭を実施して気分を高揚させ、献金を決意させたというもので、さながら、原告の心を自在に操っているかのようであり、その結果、原告が前記認定の多額の献金をするに至ったと認められ、金銭を出捐しなければ最愛の肉親の身に重大な害が生じると伝えて献金名下に本件におけるような多額の金銭を得ることは、社会的に到底是認しうるものではなく、不法行為を構成する。

五  被告の使用者責任

1 宗教法人は、その信者が第三者に加えた損害について、当該信者との間に雇用等の契約関係を有しない場合であっても、当該信者に対して、直接又は間接の指揮監督関係を有しており、かつ、加害行為が当該宗教法人の宗教的活動などの事業の執行につきなされたものと認められるときは、民法七一五条に定める使用者費任を負う。宗教法人の信者が当該宗教法人と別に組織を構成し、信者が信者組織の意思決定に従って宗教的活動又はこれに付随する活動を行う場合においても、信者組織が宗教法人の教義とは異質の理念に基づいて運営されるか、又は活動していると認められる特段の事情のない限り、当該宗教法人は、右信者組織の意思決定に従った信者による加害行為についても、同様の責任を負う。

2 これを、本件についてみるに、前記認定のとおり、津藤、餅田、鈴木らはいずれも被告の信者で、原告は被告に対して献金したのであり、原告に対する津藤らによる献金の勧誘は、同人らの個人的な動機によりされたものでなく、被告か又は被告信者の組織の指示に基づいてされたことも、前記認定の、献金の勧誘の態様、献金に至る経緯、献金額から明らかである。被告の信者組織が宗教的目的の達成又はその補助を意図して存在することも多言を要せず、被告は、津藤らの不法行為について、民法七一五条により責任を負う。

3 被告は、被告の信者組織に対して何らの指揮監督関係を持たないとも主張し、《証拠略》の記載もこれに沿うが、宗教法人と信者の組織とは、同じ目的のために存立することは明らかであり、宗教法人があって初めて信者組織も存在しうるのであり、当該宗教法人の存立目的を達成するのに必要な限度、方法において、宗教法人が信者組織を規律することは当然予定されており、前記認定によれば、被告においても事情は同じと認められ、信者組織に対する指揮監督関係があると推認することができ、前記判断を左右するには足りない。

六  原告らの損害

1 経済的損害

前記認定事実によれば、被告の信者らによる違法な勧誘により、原告は献金相当額である二三一〇万円の損害を被ったと認められる。

2 慰謝料

宗教は、人の精神や心に働きかけることを要素とし、これに同感する者が増加することにより定着するものであり、前記のとおり、既成の宗教においても、その定着、拡大の過程では、人心を惑わすものとして時の権力者からの弾圧を受け、また、民衆や当時の既成の宗教から排撃された例があることは歴史上明らかである。信教の自由の保障された現行憲法体制の下では、右のような宗教の特質及び歴史上の事実をも考慮すると、根拠の有無にかかわらず、宗教活動として、人類の滅亡時の一般的なものであれ、個人の近未来に生じるものであれ、将来生じうる害悪の告知をして他人に働きかけることは許容されている。

本件において、前記認定のとおり、原告が、先祖の因縁のために長男に害が及ぶかのように説かれ、これによって将来に不安を覚えたことは容易に推認することができるが、右は、原告が横浜フォーラムに赴き、津藤らの話を聞くことを選択した結果に外ならず、害悪を実現するために犯罪すら犯される蓋然性が高いと信じさせ、その結果、害悪の実現を畏怖するに至る等特殊な場合を除き、回復を求めうる程度の精神的損害を生じるものではない。

原告の慰謝料請求は、その余の点を検討するまでもなく、理由がない。

3 弁護士費用

原告が本件訴訟の追行を原告訴訟代理人らに委任し、相応の報酬を支払うことを約束したことは弁論の全趣旨から認められ、本件事案の性質、審理の経過及び前記認定の損害額その他諸般の事情を斟酌すると、右報酬中、被告の信者らによる前記違法な勧誘行為によって生じた損害として賠償を求め得る弁護士費用は、二三〇万円とするのが相当である。

七  結論

以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は、二五四〇万円及びこれに対する平成四年三月一日(最後の損害の発生の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余の請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江見弘武 裁判官 柴崎哲夫 裁判官 森 倫洋)

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